“決める人がいない”案件を正すガバナンス再設計術
【目次】
・なぜ「決める人がいない」案件が生まれるのか
・まず整えるべきガバナンスの前提
・RACIで“責任の空白”を埋める作り方
・承認フローを再設計する
・現場で回る運用に落とす
・よくある失敗とリカバリ
・まとめ
なぜ「決める人がいない」案件が生まれるのか
“決める人がいない”状態は、能力不足というより設計不足で起きます。典型は次の3つです。
- 責任者はいるが、決裁者がいない
進行はPMが担うのに、最終OKを誰が出すかが曖昧。 - 関係者が多すぎて「全員合意」になっている
合意が必要な範囲が肥大化し、1人の反対で止まる。決めるより「揉めないこと」が優先される。 - 決める粒度が混在している
仕様変更の判断と、予算追加の判断が同じ会議・同じルートで回るなど、重い判断が常態化する。
この状態が続くと、意思決定が遅れるだけでなく、現場では次のような問題が起きます。
「誰も責任を取らない」→「誰も決めない」→「その場しのぎ」→「炎上」
だからこそ必要なのが、RACIと承認フローでガバナンスを再設計することです。
まず整えるべきガバナンスの前提
最初にやるべきは、RACIを書くことではなく、“決裁”の定義を揃えることです。ここが揃わないと、RACIは形だけになります。
決裁事項を3種類に分ける
案件で起きる判断を、まず次の3つに分類します。
- 方向性の決定:目的、優先順位、スコープの原則
- コスト/リスクの決定:予算、納期、品質基準、受入条件
- 実務の決定:設計方針、タスク配分、手順や手段
“決める人がいない”案件は、1)や2)が3)の会議に紛れ込んで、誰も責任を持てなくなっていることが多いです。
「決裁権限の境界」を作る(金額・期間・影響)
決裁者が決まらない理由の1つは、「どこまでが自分の権限か不明」があります。
境界は、次の3軸で切るとシンプルです。
- 金額:追加費用〇万円までは現場、超えたら事業責任者
- 期間:遅延〇日まではPM、超えたらプロジェクトオーナー
- 影響:ユーザ影響(停止/機能削除/法令)なら上位決裁
この「境界」を文章で作るのが、ガバナンス再設計の土台です。
RACIで“責任の空白”を埋める作り方
RACIは役割分担のフレームです。
- R(Responsible):実行責任者(手を動かす主担当)
- A(Accountable):説明責任者(最終決裁・最終責任)
- C(Consulted):相談先(意見を求める、双方向)
- I(Informed):共有先(知らせる、一方向)
ポイントは、Aを必ず1人にすること。ここが複数になると「全員の合意=誰も決めない」に戻ります。
RACIの作り方
手順1:成果物/意思決定の単位で行を作る
タスクではなく、判断が必要な“単位”にするのがコツです。
例:
- 要件凍結
- 仕様変更(軽微/重要)
- リリース可否
- 追加予算
- 受入基準変更
手順2:登場人物(役割)を列に出す
個人名ではなく役割で定義します。
例:
スポンサー、事業責任者、業務責任者、PM、開発リーダ、QA、運用、法務/セキュリティ
手順3:Aを先に置く → 次にRを置く
「誰が最終責任を持つのか」を最初に固定します。
その上で、実行するRを置き、C/Iを必要最小限に。
よくあるRACIの地雷
- Aが空欄:決める人不在の温床
- Aが複数:合意地獄になる
- Cが多すぎる:承認より遅い“相談渋滞”が起きる
- Rがいない:誰も動かない(会議だけ増える)
RACIは「きれいに埋める表」ではなく、遅延の原因を見つける検査表として使うのが実務的です。
承認フローを再設計する
次は承認フローです。狙いは「最短で決める」こと。
承認フローは、長いほど安心に見えますが、実際は責任が薄まって不安が増えることが多いです。
承認フロー設計の原則
- 承認は“意思決定”にだけ付ける(作業報告には付けない)
- 承認者はAだけ(Cは相談、Iは共有)
- 合意は“事前”に取る(会議で初めて見せない)
- 期限を決める(○営業日で未回答なら承認/差し戻し など)
「軽微変更」と「重要変更」を分ける
仕様変更が全部重いルートを通ると、決裁者が疲弊して止まります。
だから、変更を2段階に分けます。
- 軽微変更:影響小(工数小・納期影響なし・品質基準維持)
→ PM/開発リーダがAで決める - 重要変更:納期/予算/受入基準に影響
→ スポンサー/事業責任者がAで決める
ここで重要なのは、「軽微」の条件を数字で決めることです。
例:追加工数〇人日まで、遅延〇日まで、コスト〇万円まで、など。
例外フロー(緊急時)を用意する
「障害」「セキュリティ」「法令」「サービス停止」などは、通常フローだと間に合いません。
緊急時は次の形が強いです。
- 一次判断(即時):現場A(運用責任者など)が止血
- 二次判断(24h以内):上位Aが追認し、恒久対策へ
- 記録義務:判断理由・代替案・影響範囲を残す
“緊急=何でもアリ”にしないために、追認と記録が必須です。
現場で回る運用に落とす
設計しても、運用に落ちなければ元に戻ります。定着の鍵は「会議」「テンプレ」「見える化」です。
会議の型:決裁会議と共有会議を分ける
- 決裁会議:Aが出席し、決める。議題は“決めること”だけ。
- 共有会議:進捗・課題共有。決裁は持ち込まない。
共有会議に決裁を持ち込むと、参加者が多くなり、決められません。
変更申請テンプレ(最低限でOK)
承認を速くするには、資料を軽くします。おすすめの最小セットはこちらです。
- 何を変えるか(差分)
- なぜ必要か(背景・狙い)
- 影響(費用・納期・品質・運用・ユーザ影響)
- 代替案(最低1つ)
- 推奨案(提案者の結論)
- 必要な決裁(誰に何を決めてほしいか)
これが揃うと、Aは判断しやすく、Cは相談しやすくなります。
KPIで“決められているか”を測る
数字で見ると改善が回ります。
例:
- 決裁リードタイム(起票→承認までの日数)
- 差し戻し率(情報不足の割合)
- 相談渋滞(Cが多すぎる案件の比率)
- 緊急対応の追認遅延(24h超の割合)
運用が乱れると、まずリードタイムが悪化します。
よくある失敗とリカバリ
失敗1:RACIを作ったが、結局“全員C”になった
原因:不安だから関係者を増やしている。
リカバリ:Cは「判断に必要な専門性」に限定し、Iへ落とす。Cの上限を決める(例:最大3者)。
失敗2:Aを役職で置いたが、忙しくて機能しない
原因:Aの仕事量が過多。
リカバリ:権限境界を下ろし、軽微変更は現場Aに委譲。重要変更だけ上位Aへ。
失敗3:承認フローが短くなったが、揉め事が増えた
原因:合意形成を会議内でやっている。
リカバリ:事前相談(C)を“会議前”に完了させる運用へ。決裁会議では選択肢が絞れている状態にする。
失敗4:例外フローが濫用される
原因:例外条件が曖昧。
リカバリ:例外条件を明文化し、追認期限と記録を義務化。濫用はKPIで検知する。
まとめ
“決める人がいない”案件は、個人の問題ではなくガバナンスの設計不足で起きます。
まず「決裁の種類」と「権限の境界」を定義し、RACIでA(最終責任者)を必ず1人に固定しましょう。その上で承認フローを「意思決定だけ」に絞り、軽微/重要・通常/例外を分けると、判断が速くなり炎上が減ります。最後は会議の型、変更テンプレ、KPIで運用定着させることが成功の鍵です。

